幼児に求めがちのようですであることを求めておきながら

教育を放棄しようとしている危険

それぞれの特性を考慮しての接し方もしているし、長男にも兄弟の面倒を見る時には、その辺りのことを考えて指示を出すこともある。その結果、長男の働きのおかげで、次男は徐々に将棋の力を身に付けつつある。次男は学習障害の傾向があり、ものを覚えるのがとても遅い。未だにこだわりの対象以外のものへの関心が低く、ものの名前なども知らないものが多い。そして、そのために言葉の発達もやや遅く、会話もつたない。

子どもに与えるのです

しかし、次男は考えることについてのセンスは昔から光っていた。小学生低学年の段階で、等式の性質を利用して簡単な方程式なら自力で解けていた。ちなみに長男には幼稚園の年長の段階で、対話を通して方程式の基本的な解法を見つけださせたが、それを次男は自力で見つけてしまった。そんな次男だか、あまりにもものを知らないので、誰にも賢いとは思われていない。どちらかと言えばバカにされているくらいだ。

 

幼児の行動が非常に変わってくることが少なくないし

幼児たちからひらめというアダ名をつけられましたが

枠の中に小さな文字を、活字のごとく並べます。大人たちが宴会を始めると、仏壇のあるひんやりした座敷に移動します。いとこ達にも交じりません。「何やってんのS、遊ぼうよ」と声をかけると「うるさい!」、ぴしゃり言われま一人でいるのが好きだし平気です。友だちは多くありません。「人と話すの苦手だそうです。そうは言っても、コアな友だちがます。帰ってからも毎日連絡を取り合うそうです。学校でもずつと一緒なのに。

幼児にとって楽しく過ごすことができるということです冷静沈着、基本が真顔、地平線のように平坦な話し方をします。「わたしさあ、学生の頃、聖子ちゃんカットだったんだよ」「せい子ちゃんカット?「うん、松田聖子ってアイドルがいて、その髪型がはやったの「……あ、知って3「えーよっちゃん、知ってるの。さっすが物知りさん!「たしか、社会の本にのってた」よっちゃんは冷たいわけではありません。悪気はないんです、たぶん。でも、受け答えが淡々としているため、冷たく聞こえちゃうんです(と、フォローして)。大人になるとクールビューティと言われたりします。
聖人君子の卵だけを集めているのならそういう浮世ばなれした教育もいい
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子どもは違うと言うのですが……8才男の子

育てようとしている幼稚園や保育所では我が子は我が子、他人様の子供と比較しても仕方ありません。子供としても、他の子供と比較されるのは嬉しくありません。例えそれが兄妹であっても、別々の人間で別々の個性を持っています。大切な事は、子供を「認める」事です。認められるという事は、信頼されている事でもあります。

児童はなんにも味がしないよなんて答えを返してくるはずですそこで

裏を返せば、認められていないと感じれば、信頼されていると感じられません。親が他の子と比較していれば、子供は親からの信頼を感じられません。それは子供から自信を失わせる事になってしまいます。自信を失った子供は、信頼を他者へ広げる事が出来ません。そうなれば、狼の群れに迷い込んだ羊の心境になってしまいます。自信と信頼は表裏一体です。幼児があれば周囲の大人も気がつくでしょう